カテゴリ:STORY( 87 )

小説82

「ただ、」スタッフがもってきた新しいグラスを“銀座”から受け取りながら、堀口は続けた。「ざっくりとした話では、都内の大学に通っている大学生、ディスコで働いていて、バイクに乗っている。それと、そのバイクの事故で昔彼女が亡くなった。彼女の故意による事故が原因だった。あんたのことじゃないのか?」
一瞬、辺りの音が全て消えた。もちろん、実際に消えたわけではないのだろうけど。すーっと、血の気が引いていき、その何倍もの勢いで頭に血が上ってきた。どうしようのない怒りがコントロール不可能な程のスピードで膨らんで、そしてはじけた。
「ばかげてるっ」
辺りの風景が一瞬ストップモーションのように止まった。VIPルームのソファに腰掛けた全ての人間がぼくの方を見ていた。もちろん、豊田香穂里も。ぼくは、思わず立ち上がっていた。両の拳は痛い程に握りしめられて、爪が手のひらに食い込む程だった。
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by ktaro1414 | 2008-05-26 12:01 | STORY

小説81

「それはそうでしょう。ぼくは特別、特徴のある人間ではないし、なんてことない大学生活を送っているだけですからね。こんなぼくを題材にするなんて信じられませんね」
「信じる信じないは関係ない。オレはそのように香穂里から聞いていて、その男に興味を持った。ただそれだけだ」
突き放すような言い方が少しだけ気に障ったが、それでもぼくは質問を続けた。訊かなければならないことがたくさんあるようで、何を訊けばいいのかがわからなかったけれど。
「じゃあ、教えてもらえますか。ぼくの何が題材になっているのか」
「詳しいことは知らんよ。小説といってもこの映画のためのものだから、シナリオとやらと同時進行らしい。ま、それ以上のことはわからん。オレはただの株屋だからな」そう言って、またグラスをスタッフの方へと掲げ、おかわりを催促した。その様子を見ながら、かなり酒が強いんだな、などと関係ないことを思ったりしていた。
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by ktaro1414 | 2008-05-20 12:58 | STORY

小説80

「香穂里と書いてカオリと読むんだ。名前なんだからどう読ませても構わんということだろう。」と、珍しく堀口はすぐに返事を寄こしてきた。そんなことはどうでもいい。もっと大事な何かを訊かなければいけないはずだ。そうだ、堀口は「オレが会いたいと思った」と言った。そして、「香穂里が気に入って小説の題材にした男」とも。つまり、その男がぼくだと言うことなのだろうか。
「ぼくを題材にして彼女が小説を書いたというんですか?」
堀口は遠い記憶を探るように少しだけ目を細め、ゆっくりとぼくを見た。
「そのようだな。もちろん、あんたのことをそのまま書いたわけではないだろうがね」
ぼくは、先ほど“銀座”が言っていた言葉を思い出した。アイドルが主人公の恋人役で、大学生の設定だということだった。つまり、あのアイドルが演じるのがぼくだというのか。
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by ktaro1414 | 2008-05-13 08:45 | STORY

小説79

「すみませんね、本はあまり読まないんです。ついでに教えてもらえませんかね。カオリってどう書くのか」
その時、“銀座”がぼくの前に新しいグラスを置いた。いつの間にかぼくは、ジントニックを飲み干していたらしい。新しくつくられたジントニックを少しだけ口にした後、ぼくは自分を落ち着かすために軽く深呼吸をした。その様子を見ていたのか、堀口が「そんなに興奮するなよ」と言ってたばこをくわえ、そこに“銀座”がすっとライターを差し出して火をつけた。ふと横を見ると“敏腕”の向こうから豊田瀬梨香(豊田カオリと言うべきか)が心配そうにこちらの様子を窺っていた。
「香水の『香』に、稲穂の『穂』、それにふる里の『里』だ」たいしておもしろくもなさそうに、そう堀口が言った。やはりこちらを向くことなく、誰に対して言っているのかがわからない様な感じのままで。
「カオリではなく、カホリなんですか?」そう訊いてしまった後で、そんなことよりも大事なことがあるはずなのにと少しだけ後悔した。
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by ktaro1414 | 2008-05-07 08:36 | STORY

小説78

何となくそういう予感はあったのかもしれない。その言葉を聞いて、ぼくはほとんど驚くことはなかったから。
「つまりペンネームということですか、カオリっていうのは。いいでしょう。じゃあ彼女は豊田カオリという名前の小説家で本名は瀬梨香だけれど、あなた達の世界では『瀬梨香』ではなく『カオリ』だ」混乱の加速は止まらない。「で、ぼくは豊田瀬梨香としての彼女のことは少しだけ知っているけど小説家だとは全く知らされて無く、ましてや豊田カオリのことなんか全く知らない。そういうことですね」
「まあそういうことになるのかな。しかし、まわりくどい言い方をするね、あんたは。まあ、本名を知っているやつの方が少ないんだからいいじゃないか」
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by ktaro1414 | 2008-04-28 12:02 | STORY

小説77

「彼女は瀬梨香ですよ。豊田瀬梨香。変な名前ですけどね。最初は嘘だと思いましたよ。」ぼくの頭は少しずつ混乱し始めていた。
「ああ、本名はな。でもこの世界では豊田カオリだよ。知らなかったのか?」
豊田カオリ?瀬梨香じゃなくて?ぼくの混乱は一気にアクセルを踏み込んだように加速していった。
「本名?じゃあ彼女は芸能人なんですか?」
「本気で言っているのか」その時、株成金いや堀口は初めてぼくの目を見た。「本当みたいだな。そうか、そんなことも知らずにカオリとつきあっていたのか」
「別につきあってなんかいませんよ」
そう言って、ぼくは次を待った。堀口は空になったグラスをスタッフの方に向けて、おかわりを催促した。ぼくは苛つきを押さえて次の言葉を待っていた。新しいグラスが運んでこられ、それに少し口を付けた後、ようやく堀口が口を開いた。
「小説家だよ、カオリは。」
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by ktaro1414 | 2008-04-22 08:36 | STORY

小説76

思わず声が大きくなっていたらしい。それぞれ会話していた新ドラマメンバーが一斉にぼくに顔を向けた。しかし、すぐに元の状態に戻っていった。株成金は何も言わなかった。無視するつもりかと思い、もう一度息を吸い込んで同じ言葉を言おうとしたときだった。
「オレが会いたいと思ったんだよ、あんたに。カオリが気に入って小説の題材にまですることにした男がどんな奴か知りたくてね。」かおり?小説家の本当の名前はカオリというらしい。もちろん“池袋”などという名前であるはずはない。当然だ。しかしぼくは“池袋”にもカオリにも会ったことはない。
「ぼくは会ったことありませんけどね、彼女には。」
「そんなわけはない。つまらん嘘をつくね、あんたは。」相変わらず株成金はこっちを見ない。
「ぼくがあなたに嘘をつく必要なんか全くありませんね。」少しだけ苛立ちながらぼくは言った。「あの人に会ったのは今日が初めてです。」そう言ってぼくは“池袋”の方に顔を向けた。
「何を言っているんだ。カオリはこっちだろ。」株成金が顔を向けたのは豊田瀬梨香の方だった。
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by ktaro1414 | 2008-04-15 12:43 | STORY

小説75

「だいたいこの会は何なんですか?」
ぼくは小さな声で“銀座”に訊いてみた。“銀座”の話によると、“敏腕”のテレビ局で来年から始まるドラマのためにこの中にいるはずの女流作家がストーリーを書き下ろす事になり、その打合せだったと教えてくれた。つまり、ぼくの見当はそれほどはずれていなかったらしい。“銀座”が女流作家のことを「彼女が」と表現したということは、“銀座”ではなく“池袋”が女流作家なのだろう。人は見かけによらないものだ。アイドルは主人公の恋人役で、大学生の設定らしい。豊田瀬梨香は何なのだろう。しかしそれは訊かないことにした。
「で、ぼくは何のためにここに呼ばれているんですかね?」
「さあ、それは私も知らない。ただ堀口さんが呼ぶように言ったみたい。」と言いながら“銀座”はぼくの肩越しに向こうを見た。どうやら株成金は堀口というらしい。彼女にも解らないとなればあとは本人に訊いてみるしか方法はない。ぼくは思いきって堀口という名の株成金の方へ体を向け、そして言った。
「すみません。ぼくは何故ここに呼ばれたんでしょうか?」
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by ktaro1414 | 2008-04-10 12:27 | STORY

小説74

「あんたがそうなのか。」株成金がブランデーを飲みながら、ぼくを見ることなく言った。ぼくにはその言葉が誰に向けられたものかも、どういう意味なのかも解らなかったので聞き流し、ジントニックを少しだけ飲んだ。その後は、銀座のホステスのように見える女がぼくに色々質問をし、ぼくがそれに適当に答えた。時々“敏腕”が話に割り込んできた。株成金は隣に座ったスーツを着た男と時々話すだけで、ぼくには全く目もくれずただブランデーを飲み、アイドルはその隣に座った若い女(これは池袋あたりの飲み屋で働いていそうだ)とはしゃいでいた。豊田瀬梨香は隣の“敏腕”と話をしていた(ほとんど“敏腕”しか喋っていないようだったが)。目の前のスプモーニは(たぶんスプモーニだったんだと思う)あまり減ることなくすっかり薄くなっていた。ぼくはそんなまわりの様子を眺めながら、“銀座”の香水のにおいとそのつまらない質問に辟易しながら、何杯かジントニックを飲んでいた。
(何のために呼んだんだ)ぼくは心の中でそうつぶやいた。腹の底に少しずつ怒りがこみ上げてきていた。
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by ktaro1414 | 2008-04-01 15:16 | STORY

小説73

「いえ、自分はスタッフですからそちらには座れません。」迷惑だと、誰が見てもわかるだろうという表情を作って言ってみた。しかし、彼は表情を変えることなくいいから座れよというような目をぼくに向けていた。
「大丈夫だよ。マネージャーには許可を取ってあるから。」と、株成金が言った。豊田瀬梨香は何も言わず、たださっきと同じ少し申し訳なさそう顔をしていた。
「わかりました。」ぼくはそれだけ言って指示されたとおりの場所に座った。
「何か飲む?」ぼくの隣に座っている女が訊いた。その女とその隣に座っている敏腕プロデューサー(これもぼくの見当だが)のふたりだけを切り取ってみると、たぶんみんなそこが銀座か何処かのクラブだと思ってしまうような女だった(本当にそうなのかもしれないが)。ぼくはジントニックを頼み、それを持ってきたスタッフに目だけで申し訳ないと謝った。彼の表情から、オマエも大変だなと同情されているように見えた。
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by ktaro1414 | 2008-01-08 19:43 | STORY