小説52

 3時間程そうして過ごした後、ぼくらは店を出た。結局ぼくは生ビールを7杯飲み、表に出たときには少しだけ足下がふらついていた。しかし鮎川はもう1軒行こうと言ってきかず、唐沢たちは予想通りふたりだけで次の店に行くというので、仕方なくぼくは以前2~3度行ったことのあるバーに鮎川を連れて入った。カウンター席に座ったぼくらは(ぼくは何故かバーに入ると空いていない時を除いて必ずカウンター席に座る)、ぼくがハーパーのハーフロックを、彼女はスプモーニを注文した。しばらくの間、彼女はぼくがアルバイトで長い間東京から離れることについて、ぼくにその理由や必然性について問いただしていた(それは殆ど言いがかりといってもいい様な内容だった)。その度に、もう何度言ったかわからない弁解、いやその正当性について繰り返さなければならなかった。
「来年には就職活動もしなくちゃいけないし、そうなったらバイトも殆ど出来なくなるし、就活にも結構金がかかるだろ。その時のためにある程度まとまった金を作っとかないといけないんだ。」
「就職活動のお金なんて親が払ってくれるでしょ。」
「そうはいかないんだ。うちはそんなに余裕無いから。」
「ふーん、でも・・・。」
それきり彼女は黙り込んでしまった。ぼくは、ハーパーのハーフロックのお代わりを注文し、腕時計を見た。午後10時を少しまわったところで、まだ電車の心配はしなくて良い時間だった。
「時間なんか気にしなくて良いの。」そう言ってスプモーニを飲み干す鮎川にぼくは少し飲みすぎだと注意した。
「そういうところだけ優しいふりしてさ。すみません、私もお代わり。」
完全に絡み酒だ。こうなったらしばらく放っておくしかない。
「何か言いなさいよ。」
ぼくは黙っていた。何か言うと必ずそのことに対して突っ込んでくるのは間違いないから。彼女もそれで諦めたのか、それ以上は何も言わなかった。沈黙が続いた。ぼくは黙々と琥珀色の液体を喉に流し込んでいた。彼女はあまり飲んでいないらしく、新しく来たグラスは殆ど減っていなかった。そろそろ酔いが限界に来たかな、そう思ったとき彼女が不意に口を開いた。
「そんなにかまってくれなかったら、どうなっても知らないよ。私も。」
突然そう言ってぼくの顔に自分の顔を近づけてきた。その瞬間、まるで胸が締め付けられるようだった。ぼくは鮎川優菜に惚れている、そう間違いなく実感した。そして、それは許されないことだと再確認した瞬間でもあった。ぼくは女の子に恋をしてはいけないんだ、そう強く心で繰り返した。
「何も言ってくれないの?」
「“私も”って、どういう意味?」
彼女はぼくの目から視線をはずさなかった。少しだけ潤んだように見えるその瞳はとても魅力的で、思わず抱きしめてしまいたくなる衝動を、ぼくはかろうじて抑えた。
「もういい。」
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by ktaro1414 | 2007-06-06 12:17