小説50

 ぼくたちは、高田馬場へと出た。いつもの白木屋に入り、唐沢の仕切りで乾杯をさせられ、そしてあっという間に唐沢は広石さんとふたりきりの世界へと入っていった。
「あのふたり、つきあってんのかな?」ぼくは、何となくつぶやくように言った。学食での鮎川の様子が気になって何となく話しかけづらかったからだ。
「どうだろう。別に美幸も嫌いってわけじゃなさそうだけど、つきあってるって感じじゃないんじゃないかな。」
「だよな。でも、彼女、かなり雰囲気変わったよなぁ。髪のせいだろうけど。」
「うん。なんだか、ますます女の子らしくなったよね。」
「以前は男の子みたいな感じだった。」
「そんなことないわよ。」少しだけ責めるような口調になっていて、ぼくはちょっと驚いた。「見た目だけで判断するのよね、男って。」
「いや、そんなこと言ってないよ。ただ見た目がボーイッシュだったって言う意味で・・・」そう弁解するように言った後、なぜぼくが弁解しなければいけないのかと少しだけムッとした。そして、鮎川もその後、口をつぐんでしまった。再び、気まずい空気が流れた。
 唐沢は相変わらず広石さんの方に向かってやたらと何かを話しており、広石さんはというと、これが意外にも嫌そうなそぶりを見せることなく(どちらかといえば楽しそうに見えた)、唐沢の話に頷いたり、時に笑ったりしていた。ぼくには、そんな唐沢がやっぱり羨ましかった。
「ねえ、」そんなふたりを眺めているぼくの顔を、いつの間にか覗き込むようにして鮎川が見ていた。
「なに?」驚いたそぶりを見せぬようぼくは応えた。
「ねえ、彼女、出来たでしょ?」
「えっ?」今度は明らかに驚いてしまった。「出来てないよ。どうして?」思わず豊田瀬梨香の顔が浮かんだ。なんかこれと似たようで、全く逆のことがあったような気がして、思わず苦笑いしそうになった。
「んー、そうねぇ、何となくかな。女の直感ってやつ?こないだ会ったあの娘、彼女なんじゃないの?」
「ああ、あの娘かぁ。」ぼくは少しほっとしていた。「あの娘はそんなんじゃないよ。ただ一緒に飲んだだけだから。」
「そうなの。じゃあ他にいるんだ。」
「だから、彼女なんかいないって。なんかつっかかるよな、今日は。」
ホントにそう思っていた。
「ホントにいない?」彼女がぼくの目を鋭い視線で見つめていた。ぼくは少したじろいだが、きっぱりと言った。
「いないよ。」
心がちょっぴり痛んだ。
「そう、じゃあ信じてあげる。」
そう言って笑う彼女の顔を見て、ぼくはドキッとした。そしてさっきよりもう少し心が痛んだ。
「そんなことより、そっちの方こそ彼氏出来たんだろ?」
そう言ってしまった後、ぼくは自分の過ちに気付いた。早く話題を変えようと思ったのだが、これではますます深みにはまってしまいそうだ。鮎川はびっくりしたような、それでいてある程度予想していたような目でぼくを見ていた。ぼくはちらっとだけ彼女の方へ視線を向け、そしてすぐに手元のグラスへと戻した。奥の方では、やはり学生たちがコンパをしている様子で、一気のかけ声や歓声が上がっていた。
「彼は、・・・前川君は彼氏なんかじゃないよ。」しばらく間があって、鮎川が話し始めた。「3年になってからゼミが一緒なの。だから、たまに一緒にランチしたり、他のゼミの人たちと飲みに行ったりすることはあるけど、ステディな関係とか、そういうのじゃないの。前川君とは、ホントに何でもないの。」
「そうなんだ。」とだけぼくは言った。たぶんそれは嘘なんかじゃなく本当のことなんだろう。でも、それまでと比べて早口で否定する鮎川の様子を見て、ステディな関係ではないのだろうが、何でもない関係でもないのだろうということはぼくにもわかった。もちろん、そんなことは一言も口にはしなかったけれど。そういう意味では、先程のぼくの弁明の方が、はるかに嘘に近いものだとわかっていたから。
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by ktaro1414 | 2007-05-21 19:32 | STORY