小説35

「何にやけてんの?」電車が中野のホームを滑り出た時、誰かがぼくの腰の当たりをつついた。振り向いたぼくの目の前に立っていたのは鮎川優菜だった。
「しばらく見ないと思ったら、かわいい女の子とデレデレしちゃってさ。だいたい何やってんのよ?学校行ってる?」
「別にデレデレなんかしてないよ。そっちこそ、こんなところで何してんの?」
「国立まで行った帰り。叔母が住んでるの。」
「そうなんだ。学校は行ってるよ。ただ、しばらく休んでたけど。ちょっと実家に帰ってたんだ。」
「実家って、博多?」
「福岡。ばあさんが亡くなってね。それで2週間ばかり。」
「そうなの。大変だったね。」
「まあね。」
「で、かわいい女の子と何してたの?高円寺なんかで。」
「唐沢たちと飲んでたんだ。」
「唐沢君?じゃあ合コンだあ。良いわねえ、のんきで。人が心配してたのも知らないで。」
「何を心配してたんだよ?」
「キミのことに決まってるでしょ。もう。」そう言って、彼女はぼくに背を向け窓から流れていく夜の街の様子をしばらく眺めていた。
「それにしても、こんな時間からどこに行くの?」思い出したように彼女が訊いた。
「そっちこそ。どこに行くんだよ?」
「私はお家に帰るだけよ。恵比寿だもん、私のお家。」
「オレも帰るだけだよ。」
「どこに?」
「部屋に決まってるだろ。」ぼくは、少しだけムッとして答えた。
「高円寺からでしょ?なんで電車に乗ってるの?それに中野で降りた方が早いでしょ、キミの部屋までだったら。」
(あっ。)ぼくは思わず絶句した。行きは唐沢に急かされたためタクシーを使ったが、確かにぼくの部屋までは歩いても30分かからない程度の距離である。電車を使うとしても中野で降りた方が近い。嶋村美貴と何となく高円寺の駅まで歩き、何となくそのまま電車に乗ってしまい、そして何となく見送ってしまったのだ。
「かわいい女の子といたからのぼせちゃってるんでしょ。」
「別にそんなんじゃないよ。」ぼくがそう言ったとき、電車が新宿駅のホームへと滑り込み、ドアが開いた。ぼくたちは乗り換えのために電車から降り、階段を下った。山手線の階段の前でぼくの前を歩いていた彼女が急に振り返った。
「ばかっ。」
そう言って彼女は振り向きざまに山手線の内回りホームの階段を駆け上がっていった。ぼくは、しばらくそこに呆然と立ちつくし、しばらくして我に戻って西武新宿駅へと歩き出した。なぜ彼女が怒っているのかを(たぶん怒っているのだと思う)考えながら。
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by ktaro1414 | 2007-01-11 08:35 | STORY