小説14

 翌日も快晴だった。朝日のまぶしさに目を覚ましたぼくは、すぐにとなりを確認した。彼女の姿はなかった。「おはよう。遅いわよ。」
慌てて飛び起きたぼくに、彼女が言った。彼女はすでに起きて、ベランダに出てミルクを飲んでいた。
「おはよう。早いね。」
「うん。こんなにお天気がいいんだもん。寝てちゃもったいないでしょ。」
爽やかに笑う彼女は、ぼくの知っているいつもの彼女で、そこには昨日の夜見た彼女の姿はどこにもなかった。
 ぼくたちは、レストランでアメリカンブレックファストの朝食を摂り、素早く身支度を整えてホテルをチェックアウトした。3日目は特に目的地は決めてなく、気ままにワインディングロードを楽しみ、午後五時くらいには彼女を家へ送り届ける予定だった。彼女が「昼食はすっごく厚いステーキが食べたい」と言うので以前行ったことのある『ステーキとベーグルの店』に行くことにし、昼食の時間に着くように遠回りをして色々な風景を楽しみながら走った。
ぼくも彼女もこれ以上は食べられないというくらい大きなステーキを食べた(もっとも彼女は「もう食べられない」と言ったあと、アイスクリームをぼくの分まで含めて食べていた)。ぼくは、そんな彼女を見ながら昨日の出来事が夢だったのか現実だったのか解らなくなっていた。しかし、(たぶん夢だったんだ)そう信じたいぼくの胸には、震えながら押しつけられた彼女の小さな胸の感触が生々しく残っていた。
 昼食を済ませたぼくたちは、もう一度大観峰へと向かった。ぼくにはなぜだか、そこに行けば答えが解るような気がした。ぼくたちはふたり並んで展望台に立ち、目の前に広がる山々の稜線を眺め、眼下の温泉町から立ち上る白い煙を見つめ、ゆっくりと流れていく雲を追った。ぼくは彼女の手を握っていた。そうしないと彼女がどこかへ行ってしまいそうな気がしていた。しかし彼女はいつもと変わりなかった。そのことが少しだけぼくをほっとさせ、少なからずぼくを不安にさせていた。
 1時間ほどそこで時間を過ごしてぼくたちは帰路に就くことにした。ミルクロードという道を通って国道を目指した。この道が最後のワインディングロードだった。ぼくはそれほどスピードを出さずに、牧草を食べる馬や牛、草も生えていない斜面などを見ながら走った。そんなとき彼女がぼくのヘルメットに口を近づけ叫んだ。
「もっとスピード出してよ。」
「いいよ。」ぼくは少しだけスピードを上げた。
「ねえ、ずっと一緒にいてくれるんだよね?どこにでも一緒に行ってくれるんだよね?」
ぼくはよく聞き取れず、少し彼女の方へ顔を向けた。彼女はヘルメットをかぶっていなかった。
「メットはどうしたの?」
そう訊くぼくに彼女は答えずもう一度言った。
「ずっと一緒にいてくれるんだよね?どこにでも一緒に行ってくれるって言ったよね?」
「ああ、言ったよ。ずっと一緒にいるよ。」
ぼくも叫んだ。その時突然彼女がぼくのヘルメットを脱がせた。
(どうしたの?)そう訊く暇も無く、ぼくのヘルメットを脱がした彼女はぼくの目をその小さな手のひらで覆った。突然目の前が真っ暗になった。ぼくは慌てて彼女の手を振りほどこうとしたけれど、その前に激しい衝撃がぼくたちを襲った。ぼくはひどく不気味な浮遊感を感じ、その後目の中に一気に光が飛び込んできた。周りの景色がひどくスローモーションで流れていった。そして、今度は先ほどよりも激しい衝撃がぼくの体を襲った。それは今までに感じたこともないほど恐ろしい衝撃だった。周りの景色が突然早回りになった。空が地面になり、地面が空になった。しばらく続いた早回りの後、突然辺りの景色が止まった。止まった景色が見る見る赤く染まっていった。
(何がどうなったんだ?)
全く状況が解らなかった。
(そうだ、ぼくはバイクで倒れたんだ。)
そう理解出来るまでかなりの時間を要した。
(智絵美はどこだ?)
ぼくは体を起こそうとした。しかし、激痛が体を貫き動くことが出来なかった。ぼくは精一杯の力を振り絞って彼女の名前を呼んだ。二回、三回と呼んだ。しかし彼女は答えなかった。
「大丈夫か?」
しばらくして、男の声がした。
「彼女が一緒なんです。彼女を捜してください。」
そう言った後、ぼくの意識はかすんでいった。
[PR]
by ktaro1414 | 2006-10-23 11:57 | STORY