小説13

 いつの間にか眠りについていたぼくは、微かな風を感じて目を覚ました。隣に彼女の姿はなかった。部屋の中を見回してみると窓がわずかに開かれ、レースのカーテンが風に揺れていた。ぼくはパンツとTシャツと短パンをはいてベランダに出たが、そこにも彼女の姿はなかった。ふと草原へ目を移すと、淡い月の光に照らされて人影が浮かんでいた。ぼくは、入口からスニーカーを取り、ベランダを超えて草原へと降りた。そして彼女を驚かさないようにゆっくりと近づいていった。草原は咽せるような夏草のにおいで満たされていた。彼女は白いワンピースを身につけて、裸足で立ったまま空を見上げていた。ぼくは、彼女がこんな服を持ってきてるなんて知らなかった。でも、その時には彼女がその服を身につけて夜空を見上げていることが、とても自然なことのように思えた。
 ぼくの足音に気付いたのだろう。彼女は見上げていた顔をおろし、ゆっくりとぼくの方へ振り向いた。声をかけようとしたぼくに向けられた彼女の顔は、昨日展望台で見た時と同じように見えた。その瞳はぼくに向けられていながら全く別の何かを見つめていた。ぼくは、さらにゆっくりと彼女に近づき、彼女の両肩に手をかけた。そしてそのまま彼女の体を引き寄せ強く抱きしめた。彼女の体は小さく、とても小さく震えていた。ぼくは少しだけ体を離し、彼女の瞳を覗き込んで、そのまま口づけをした。その時、彼女が小さな声でささやいた。ぼくはその声に神経を集中させた。
「私を離さないで。ずっとそばにいて。」
ぼくには、そう聞こえた。
「大丈夫、離したりしないよ。」ぼくは抱いた腕に力を入れた。「部屋に戻ろう。冷えてきたよ。」
ぼくは彼女を抱きかかえて部屋に戻った。ゆっくりとベッドに横にさせ、布団を掛けた。そして、ベッドに腰をかけて彼女の様子を見ていた。ぼくは不安になった。彼女のこんな姿を今まで見たこともなかった。ひどく喉が渇いていた。ぼくはミニキッチンまで行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んだ。そして、ゆっくりと再び彼女のそばに戻って。
「私も飲みたい。」
小さな声で彼女が言った。
「寝てなかったの?」
ぼくはそう言いながら彼女にミネラルウォーターのボトルを渡した。
「飲ませて。」彼女はそう言ってぼくにボトルを返した。ぼくは、ミネラルウォーターを少しだけ口に含み、すばやく彼女の口に移した。
「おいしい。」
「もっといる?」
彼女は少しだけ首を振った。
「ねえ、隣に来て。」
ぼくは、残りを飲み干して、空き瓶を流しに持っていき、彼女の隣に潜り込んだ。彼女はすぐにぼくに抱きついてきた。彼女の小さな胸のふくらみがぼくの胸で震えていた。
「大丈夫?何かあったの?」
彼女はそれには答えず、つぶやいた。
「ずっと一緒にいてくれる?私がどうなっても一緒にいてくれる?」
「うん。」
「私がどこに行くことになっても一緒に来てくれる?」
「うん、行くよ。」
「よかった。」
そう言ったあと、しばらくして彼女は小さな寝息をたて始めた。ぼくは理由のわからない不安を胸に感じながら、なかなか寝付くことが出来なかった。
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by ktaro1414 | 2006-10-17 16:17 | STORY