小説7

 ベッドに寝ている彼女の方を見ると、寝ていると思っていた彼女がぼくの方を見ていた。その顔は微笑んでいるように見えた。
「起きてたんだ。大丈夫?」
「うん。ちょっと飲み過ぎたかな。」
「そうみたいだね。」
カーテンの隙間から淡い月明かりが差し込んでいた。その光が逆光になり彼女の表情を殊更に際立たせているように思えた。
「ねえ、そっちに行ってもいい?」
「いいけど、大丈夫?」
彼女はゆっくりと体を起こし、滑るようにぼくの隣に座った。ぼくは、一度立ち上がり、ふたつのグラスに氷を入れ、そのひとつにミネラルウォーターを注ぎ、ジャックダニエルのボトルを手にしてソファへと戻って、ミネラルウォーターの入ったグラスを彼女に渡し、ぼくのグラスにジャックダニエルを半分ほど注いだ。
「ありがとう。」
彼女は受け取ったグラスの水をとてもおいしそうに一気に飲み干した。
「もう一杯飲む?」
「ううん。何飲んでるの?」
「バーボン・・・、みたいなもの。」
「ウィスキー?」
「うん、ウィスキーの一種。」
「ふーん。私もそれ飲んでいい?」
彼女は好奇心に満ちた子供のような瞳でぼくを見つめていた。
「いいけど、大丈夫?」
「ふふ、さっきからそればっかり言ってる。」
「なに?」
「『大丈夫?』って。」
「うん。」
「心配してくれてるんだ。」
「当たり前だろ。途中で寝ちゃうし・・・」
「ごめんね。でも、もう大丈夫だから、それ、頂戴。」
 ぼくは再び立ち上がり、アイスペールに氷を入れ、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出して彼女の隣に座り直し、彼女のグラスに氷と五分の一ほどジャックダニエルを入れた後、ミネラルウォーターを注いで彼女に渡した。彼女は少しだけグラスに口を付け「にっがーい。」と言った後ぼくの方を向いて「でもおいしい。」と微笑んだ。真っ暗な部屋でブラウン管に映し出される深海の映像だけが彼女の顔を照らし出してた。思わずぼくは彼女の横顔に見とれていた。ふいにこちらに顔を向けた彼女と目が合い、あわてて顔を逸らそうとしたが「どうしたの?何見てるの?」と訊かれて逸らし損ねてしまった。ここで唐沢ならたぶん「キミの顔に見とれてたんだ。」くらいのことは言うんだろうけど、もちろんぼくにそんなことは言えるはずもない。
「いや、何でもないんだ。」
そう誤魔化そうとするぼくに、彼女は微笑みながら言った。
「かわいいなあって、思ってたんでしょ。」
しばらく戸惑ったあと、ぼくは言った。
「そうだね。」
「本当?うれしい。」
「うれしい?そんなことが?」
「そうよ。」
いつの間にか彼女の唇がぼくの唇に重なっていた。とても優しく、そして暖かく、長いキスだった。ぼくは彼女の髪を撫でた。ぼくの首に回された彼女の腕は、小刻みに震えているようだった。あるいは震えているのはぼくの方だったのかもしれない。
(ぼくは、この女の子に惚れてしまうかもしれない。まずい、ぼくはひとを好きになってはいけないんだ。好きになれるはずがない、少なくとも今はまだ。)
でも、そんな思いも今のぼくたちの感情に抗うことは出来ないようだった。ぼくたちはいつまでも唇を重ねたまま抱き合っていた。
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by ktaro1414 | 2006-09-25 11:26 | STORY