忘れた頃に、突然更新


by ktaro1414
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小説9

 休みの日には、ぼくたちはバイクでいろんなところへ行った。夏には海や川に行ったし、秋には山に行った。時には数日泊まりがけで温泉に行ったりもした。また、彼女がぼくの家に泊まることもあったし、ぼくが彼女の家で夕食をごちそうになることもあった。ただ、彼女の家に行ったときにはいつも母親と弟だけで、ぼくは彼女の父親に会ったことはなかった。それは、少しだけぼくの気持ちを楽にさせてくれていた。
 ぼくは、彼女にだけは何も隠し事をせず、悩みや進学についての不安など全て話して聞かせた。彼女もそうだった。ただひとつのことを除けば。それは、彼女の家庭のことだった。ぼくは、いつも彼女の父親だけがいないことを少しだけ不思議に感じていたため、そのことについて彼女に聞くと、決まって彼女は表情を曇らせそのことについては今度話すからと言ってはぐらかすばかりだった。実は、彼女の父親は他に愛人を作り、ほとんど家には近寄らない状態だったらしい。しかし、ぼくがそのことを知ったのはかなり後になってからだった。
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# by ktaro1414 | 2006-10-04 13:06 | STORY

小説8

                         第2章 

 高校生のころのぼくは、特にこれといって特徴のある方ではなかった。ぼくの通う高校は県立でそこそこの進学校であり、ぼくは2年生まではバスケットボール部でそれなりに活動していたが、成績は良くもなく悪くもなく、いたって普通の生徒だったと思う(普通の生徒というのがどういうものなのかという方が難しい気もするが)。ただ、つまらない授業を受けるのがひどく苦手で、朝受けたくない授業があれば終わる時間に登校したし、午後嫌な授業があれば早退し、昼前にそれがあれば屋上で時間をつぶした。学校へはそれほど遠いわけではなかったがバイクで通った(もちろんバイク通学は禁止されていたし、免許を取ることも許されていなかった)。学校の関係者、つまり先生や生徒たちは、それらのことだけを見てぼくをいわゆる不良生徒だと見なしていた。ぼくは隠れて煙草を吸うこともなければ、街中で気の弱そうな人間を捕まえて金を奪うというようなこともなかったし、喧嘩なんかしたいとも思わなかった(たぶん喧嘩をしたら、勝率は桑田の打率より低かっただろう事は容易に想像出来る)。でも、それだけが不良と言われる理由ではないのだろうし、ぼくもそう思われることについてなにも言い訳はしなかった。というよりも、周りからどう思われているかということに関心がなかったという方が当たっているかもしれない。
 そんな風だったため、当然友人は少なかったが(まじめな生徒からは不良だと指さされ、いわゆる不良といわれる生徒からは中途半端な奴だと思われていたらしい)、それでもぼくには彼女がいた。ぼくたちは同じ中学出身で、中学のころはそれほど会話を交わした記憶もないけれど、高校に入ってから少しずつ話をするようになり、1年の夏休みが終わるころには付き合うようになっていた。
 彼女はぼくとは違ってとても社交的で、成績も良かった。ただ、少し体の弱いところがあり時々学校を休むことがあった。そんな彼女が何故ぼくのような人間と付き合おうと思ったのか解らなかったが、とにかくぼくたちは気が合った。学校帰りにはほとんど毎日彼女はぼくの家に立ち寄り、一緒にふたりが好きなバンドのCDを聴いたり(ぼくは危なっかしさが漂うボーカルが好きで、彼女はギターのルックスが好きだった)、ビデオを見たりし、そしていつもセックスをした(ぼくの両親は共働きで、夕方の時間は家には誰もいなかった)。ぼくも彼女も、お互いに初めてではなかったが、そんなことは全く問題がなかったし、ぼくたちの相性は抜群だと思えた。ぼくは彼女がどこをどうすれば喜んでくれるか解っていたし、彼女もその柔らかい唇でぼくのいろんなところに触れてくれた。ぼくは(たぶん彼女も)、ベッドの上で二人で抱き合っている時間がとても好きだった。
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# by ktaro1414 | 2006-09-28 11:50 | STORY

小説7

 ベッドに寝ている彼女の方を見ると、寝ていると思っていた彼女がぼくの方を見ていた。その顔は微笑んでいるように見えた。
「起きてたんだ。大丈夫?」
「うん。ちょっと飲み過ぎたかな。」
「そうみたいだね。」
カーテンの隙間から淡い月明かりが差し込んでいた。その光が逆光になり彼女の表情を殊更に際立たせているように思えた。
「ねえ、そっちに行ってもいい?」
「いいけど、大丈夫?」
彼女はゆっくりと体を起こし、滑るようにぼくの隣に座った。ぼくは、一度立ち上がり、ふたつのグラスに氷を入れ、そのひとつにミネラルウォーターを注ぎ、ジャックダニエルのボトルを手にしてソファへと戻って、ミネラルウォーターの入ったグラスを彼女に渡し、ぼくのグラスにジャックダニエルを半分ほど注いだ。
「ありがとう。」
彼女は受け取ったグラスの水をとてもおいしそうに一気に飲み干した。
「もう一杯飲む?」
「ううん。何飲んでるの?」
「バーボン・・・、みたいなもの。」
「ウィスキー?」
「うん、ウィスキーの一種。」
「ふーん。私もそれ飲んでいい?」
彼女は好奇心に満ちた子供のような瞳でぼくを見つめていた。
「いいけど、大丈夫?」
「ふふ、さっきからそればっかり言ってる。」
「なに?」
「『大丈夫?』って。」
「うん。」
「心配してくれてるんだ。」
「当たり前だろ。途中で寝ちゃうし・・・」
「ごめんね。でも、もう大丈夫だから、それ、頂戴。」
 ぼくは再び立ち上がり、アイスペールに氷を入れ、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出して彼女の隣に座り直し、彼女のグラスに氷と五分の一ほどジャックダニエルを入れた後、ミネラルウォーターを注いで彼女に渡した。彼女は少しだけグラスに口を付け「にっがーい。」と言った後ぼくの方を向いて「でもおいしい。」と微笑んだ。真っ暗な部屋でブラウン管に映し出される深海の映像だけが彼女の顔を照らし出してた。思わずぼくは彼女の横顔に見とれていた。ふいにこちらに顔を向けた彼女と目が合い、あわてて顔を逸らそうとしたが「どうしたの?何見てるの?」と訊かれて逸らし損ねてしまった。ここで唐沢ならたぶん「キミの顔に見とれてたんだ。」くらいのことは言うんだろうけど、もちろんぼくにそんなことは言えるはずもない。
「いや、何でもないんだ。」
そう誤魔化そうとするぼくに、彼女は微笑みながら言った。
「かわいいなあって、思ってたんでしょ。」
しばらく戸惑ったあと、ぼくは言った。
「そうだね。」
「本当?うれしい。」
「うれしい?そんなことが?」
「そうよ。」
いつの間にか彼女の唇がぼくの唇に重なっていた。とても優しく、そして暖かく、長いキスだった。ぼくは彼女の髪を撫でた。ぼくの首に回された彼女の腕は、小刻みに震えているようだった。あるいは震えているのはぼくの方だったのかもしれない。
(ぼくは、この女の子に惚れてしまうかもしれない。まずい、ぼくはひとを好きになってはいけないんだ。好きになれるはずがない、少なくとも今はまだ。)
でも、そんな思いも今のぼくたちの感情に抗うことは出来ないようだった。ぼくたちはいつまでも唇を重ねたまま抱き合っていた。
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# by ktaro1414 | 2006-09-25 11:26 | STORY

小説6

「唐沢たちは?」
「うん。二人でもう一軒行くって。矢口によろしくって言ってたよ。」
「あの野郎。」
「いいじゃない、気が合ってたみたいだし。それとも私と二人じゃイヤ?」
ドキッとした。酔いのせいなのか、彼女の瞳はいつにも増して潤んだように見え、その言葉は艶っぽく聞こえた。
「そういうわけじゃないよ。でも、大丈夫?少し飲み過ぎのように見えるけど。」彼女はぼくにいろいろ質問をしながら、ボーイッシュくんと二人で赤ワインをかなり飲んでいた。ぼくと唐沢も少し飲んだが、フルボトル二本のほとんどを彼女たちで飲んでいるはずだ。
「うん、大丈夫。ねえ、キミの部屋に行こう。キミの部屋で飲もう。」そういいながら、彼女はまたぼくの腕を掴み、寄りかかるようにして歩き出した。
「酔っぱらってるって、絶対。送っていくよ。」
「送っていくって、キミ知らないでしょ、私の家。」
「それはそうだけど、一緒だから・・・」
「だいたい、私のこと何にも訊いてくれないのよね、キミは。そんなに魅力ないのかなあ、私。」
「なに訳のわかんないこと言ってんだよ。」突然彼女の重みが増した。どうやら寝てしまったようだ。仕方なくぼくはタクシーを止め、距離が近いことを運転手にわびた後、行き先を伝えた。運転手はあからさまに嫌な顔をしたが、乗車拒否まではされなかった(たぶん時間がまだ早かったおかげだ)。ぼくの部屋は西武新宿線の新井薬師前駅から歩いて5分ほどのところにある。木造2階建て、窓は当然木枠で隙間だらけ、築何年なのかはわからない(間違いなくぼくの人生よりも長いだろう)おんぼろアパートの2階だ。しかし、古いだけに広めの八畳と台所、トイレ・風呂つき(しかもシャワーまで)でこの賃料は探してもそうそう見つかるものじゃない。
ぼくはタクシー代を払い、彼女を抱きかかえ、忘れ物がないことを確認して運転手に礼を述べた(客のぼくが礼を言うのも変な気がしたけれど)。彼女を抱きかかえたまま錆だらけの細い階段を上るのはなかなか大変だった。ぼくは彼女のカーディガンだけを脱がしてベッドに寝かし、毛布を掛け、脱がしたカーディガンをハンガーにかけた。なんだか一気に酔いが醒めた気がして、ぼくは冷蔵庫からビールを取り出した。本当ならギネスかハイネケンが飲みたい気分だったが、冷蔵庫の中にはコロナビールしかなく、ライムも切らしていたため仕方なくそのまま飲むことにした。ぼくは、ビールと一緒に取り出したチーズを持って、ソファに(といっても、捨てられていたのを拾ってきたものだが)腰掛け、大きくひとつ息をついた。そしてビデオのスウィッチを入れた。ブラウン管の中で、マッコウクジラが気持ちよさそうにブリーチングしていた。
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# by ktaro1414 | 2006-09-21 19:00 | STORY

小説5

 とにかく、ぼくたち四人は一緒に飲みに行くことになり、新宿へ出ることにした。途中、歩きながらそれぞれ簡単に自己紹介をしあった。唐沢は鮎川優菜の友達の広石というボーイッシュな女の子のことも気に入ったらしく、居酒屋ではその子の隣に座り、どこに住んでいるのかとか、彼氏がいるのかといったことをしきりに訊きだしていた。ぼくはその様子を少しばかりの侮蔑と大いなる尊敬の眼差しで見ていた。
「ねえ、ケータローは出身はどこ?」
「福岡。」
「福岡って、博多?」
「いや、福岡と博多は別物だよ、よく勘違いされるんだけど。もともと江戸時代では福岡が武士の町でね、博多が商人の町だったんだけど、明治時代になって・・・」
「おまえ、そんなつまらないこと話してんじゃねえよ、こんな時に。」突然、唐沢が突っ込んできた。たしかに、この場にそぐわないことをぼくは話していたようだ。いつもそうだ。
「そんなことないよ、邪魔しないで唐沢くん。」唐沢もぼくも驚いて彼女の顔を見た。唐沢はちょこっとだけ首をすくめて見せて、ボーイッシュくんとの会話に戻っていった。ぼくは、少しだけ戸惑いながら、それでも福岡と博多の話を彼女に話して聞かせた。彼女はうんうんと頷き、時々「へぇー」と驚いて見せたりしながらぼくの話を聞いていた。どうも彼女はかなりの聞き上手のようだ。
 その後も彼女はいろんな質問をぼくに浴びせ続けた。なぜか、ぼくもそれについて特に嫌な気にもならず、ひとつひとつ答え続けた。どうして彼女はこんなにぼくに質問するのだろう。
「休みの日なんか、何してるの?」
「特になにも。長い休みの時なんかは、バイクで旅に出たりするけど。あとは、本を読んだり、CD聴いたり、普通だよ。」
「いいなあ、バイクでツーリング。ねえ、今度私も連れて行ってよ。」
「ダメだって。」
「どうして?」
「言ったろ、ぼくはタンデムはやらないんだ。」
「どうして?」
「どうしても。」
「ふーん。」彼女は納得がいかないといった顔でぼくを見ていた。「じゃあ、電車でどこか行こうよ。だったらいいでしょ?」
「今度、まとめて休みが取れたらね。」
「うん。」
唐沢たちはなんだかいい雰囲気になっているようだ。時間はすでに九時を廻っていた。ぼくたちがこの店に入ったのは五時前だったので、もうかれこれ四時間以上飲んでいることになる。ぼくがみんなからお金を預かり、精算して店を出た。そこには鮎川が一人で立っていた。
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# by ktaro1414 | 2006-09-19 11:42 | STORY

小説4

 5月の連休も終わったキャンパスは、4月までの賑わいが嘘のように学生たちの姿も一気に少なくなっていた。ぼくは連休の間、普段のバイト以外に日雇いのバイトで汗を流した。日雇いといっても工事現場で働くようなものではなく、ゴンドラに乗って高層ビルの窓ガラスを洗い流すというものだ(ちなみに今回一番高かったのは霞ヶ関ビルだった)。たいして力のいる仕事ではないが、危険手当のようなものが付くため一日だけでもかなりの金額になった。里の親からもいくらかなりの仕送りをもらっているのだが、東京というとんでもない街で暮らしていくには、時々こうやってまとまった金額を稼ぐ必要があった。
 5限目のマーケティング理論を受講した後、ぼくは数少ない大学の友人である唐沢とキャンパスを歩いていた。彼とは1年の時に同じクラスになり、出身も同じ福岡だったことから何となく気が合い、ときどき飲みに行ったりするようになっていった。
唐沢もぼくと同じくこの後講義はないらしく、ちょっと早いが飲みにでも行こうと誘ってきた。ぼくも今日はバイトが休みなので何をして過ごそうかと考えているところだった。
「ケータロー。」
何処かからそう叫ぶ女の子の声がした。ぼくには、それが一瞬自分の名前であるとは思えなかった。ぼくが振り向いたときにはすでに鮎川優菜がぼくの腕に手を回していた。
「やあ。」
「もう、『やあ』じゃないでしょ。ずっとどこに行ってたのよ?電話しても出ないし、留守電にもなってないし。」
「ああ、ぼくの部屋は留守電じゃないんだ。」
「留守電ぐらい買いなさいよ。で、どこ行ってたの?」
「どこにも行ってないよ。連休中はずっとバイトしてたんだ。」
「バイトって夜だけじゃなかったの?」
「いつもはそうだよ。休みの間だけ窓拭きのバイトをね。だから昼間もほとんど部屋にいなかった。」
「そう。」
唐沢は、何が起きているのか解らないといったふうに、驚いた顔でぼくたちを見ていた。そして、『紹介しろよ』と無言でぼくの腋を小突いた。
「あ、こいつ唐沢。」
「どうも唐沢です。」(何でそんなににやけてるんだ、こいつは。)
「で、鮎川さん。」
「鮎川です。よろしく。」
「鮎川さんかぁ、かわいいね。こいつの何なの?」
「ありがとう。この人そんなことぜんぜん言ってくれないんですよ。」
「あ、こいつはダメダメ。無粋だから。バイト先でもさあ・・・」
「うるさいよ、おまえは。」(ホントにうるさい。)
「で、なんだったの?」ぼくは唐沢に背を向けるようにして、鮎川優菜に訊いた。
「えっ?」
「いや、電話くれたんだろ?何か用だったんじゃないの?」
唐沢が呆れたといった顔で首を振った。彼女は頬を少し膨らませて怒ったように言った。
「電話してくれるって言ったのに、かけてくれないし。お休みの間にどこかに連れて行ってもらおうと思ったのに。」
「ああ、ごめん。」
「ま、いいや。」彼女はまだ少し頬を膨らませたまま言った。「ねえ、今日もバイト?」
「こいつ、休みだよ。今から飲みに行こうと思ってたんだ。鮎川ちゃんも一緒にどお?」(何勝手に誘ってんだ。)
「ほんと?いいの?」彼女は誘った唐沢にではなく、ぼくに向かってそう訊いた。何となくうれしかった。
「いいけど、友達待ってるんじゃないの?」
「彼女も誘うから。4人で行こう。」
「よし決まり。」唐沢が言った。
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# by ktaro1414 | 2006-09-14 11:56 | STORY

小説3

 やがて彼らの会話はこれからカラオケに行こうということでまとまり始め、そろそろ潮時だなと、ぼくは食べ終わったトレーを持って立ち上がった。彼らは再びこちらに視線を送ったが、特に何か言ってくる様子はなく、すぐに視線を彼女の方へ戻し何もなかったかのように話し始めた。ぼくがトレーを返却口に置き学食の外へ出ようとした瞬間、彼女がぼくを呼び止めた。
「ちょっと待ってよ。」
ぼくが振り向くより先に彼女がぼくの腕を掴まえた。
「どうしたの?なんにも言わずに行くことないでしょ?」
「別にどうもしないよ。話が盛り上がってたから邪魔しちゃ悪いかなと思ってさ。」
ぼくはそう言いながら歩き出した。
「怒ったの?」
「どうして?どうしてぼくが怒るんだよ。」
「だって、怒ってるみたいに見えるよ。」
「怒ってなんかないよ。」
そう言いながら歩いている間、彼女はぼくの腕を掴んだままだった。他の人からは、ぼくらがまるで腕を組んで歩いているように見えたかもしれない。
「友達は?」
「うん、なんか今からカラオケに行くんだって。」
「一緒に行くんじゃないのか?」
「ううん。行かないよ。」
「どうして?」
「どうしても。別に今は行きたくないから。行って欲しかったの?」
「別に。」
「ふーん。ねえ、今からどうするの?」
6時からのバイトまでまだかなり時間があった。
「バイトまで特に予定もないから、部屋に帰って昼寝でもするかな。」
「キミ、どこに住んでるの?」
「新井。新井薬師前の近く。」
「へえ、近いんだ。一人暮らしだよね?」
「うん。」
「ふーん。食事とかどうしてるの?」
「バイトの日は、店で出るから。」
「他の日は?外食ばっかり?」
「そうかな。」
いつの間にかぼくたちは校門を出て駐輪場まで歩いていた。
「ねえ、今から私もキミの部屋に行ってもいいでしょ?」
「無理だよ。すごく散らかってるんだ。それにぼくはこれだし。」ぼくは自分のバイクを指さしながら彼女に言った。
「バイク乗るんだ。これナナハン?」
「400だよ。」
「じゃあさ、これでどこかに連れて行ってよ。」
「ダメだ。」ぼくは思わず大きな声になっていた。彼女も少し驚いてぼくの顔を見ていた。「いや、タンデムはやらないんだ。メットも無いし。ごめん。」
「ふーん。」彼女は少し怒ったようにも見えた。でも仕方がない。ぼくはタンデムはやらないんだ。もう2度と。「それじゃあ、電話番号教えてよ。」彼女はバックの中から手帳を取りだしぼくの番号を書き込んだ。そして1枚ページを破ってぼくに手渡した。
「私の部屋の番号。電話してね。」
「ああ。」
ぼくはバイクに跨りキーを差し込んでエンジンをかけた。「それじゃあ。」ぼくが言うと彼女は軽く手を振った。ゆっくりとクラッチをつなぎバイクが動き出したとき、彼女の口が大きく動いた。
「キミといたかったから断ったんだからね。」
ぼくはバックミラーで彼女の姿を追った。彼女はすでに振り向いて駅の方へと歩き始めていた。
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# by ktaro1414 | 2006-09-11 14:33 | STORY

小説2

ぼくは特に理由はないけれど大学の近くの喫茶店にでも行くのだろうと思っていたが、意外にも彼女はキャンパス内の学食へと入っていった。普段あまり学校に来ることのないぼくは、当然学食にも足を踏み入れることはまれで、前に来たのがいつだったかさえ思い出すことも出来ないくらいで、注文の仕方にも戸惑ってしまった。なんとかAランチ370円を受け取り彼女の向かいに腰を下ろした。
「ずいぶん時間がかかるのね。」
「久しぶりに来たから注文の仕方が解らなかったんだ。」
「ふーん。」
彼女はあまり興味なさそうに頷いた。ぼくは、自分の方から訊いておきながら失礼なやつだと思ったけれどなにも言わなかった。
「ねえ、キミ講義の間いつもなに見てるの?」
「いつもって?」さっきもそんなこと訊いてたなと思いながらぼくは答えた。
「金融論の講義の間ずーっと外を見てるでしょ?いつも。」
「そうかな?自分では意識してないけど。」そう言いながら、さっきの講義の間のことを思い出そうとしてみた。来週の週末までに書き上げなければならないオリジナル曲のための詞を作りながら(ほとんど進んではいなかったけれど)、確かに窓の外を見てたような気がする。でも特になにを見てたというわけではなかった。
「うまいフレーズが思いつかなくてただ外を見てたんだと思う。」
「うまいフレーズ?ああ、さっき書いてたやつね。バンドやってるの?」
「うん。下手くそなんだけどね、みんな。ぼくも含めてね。」
「なんだか、そんな感じには見えないね。」
「よく言われるよ。」ぼくは食べ終わったトレーを横にずらしながら訊ねた。「ねえ、キミはどうしてぼくのことを知ってるの?」
「2年の時、片山のロシア語取ってたでしょ?あれ、私も取ってたのよ。」
片山というのは、もうとっくに定年をすぎているはずの年老いたロシア語の教授だ。
「知らなかった。」
「それはそうでしょうね。」彼女は笑いながら言った。「キミ、いつも講義の終わり頃になって後のドアからこっそり入ってきてたもの。」
「知ってたの?だって終わりにしか出席取らないから、片山って。」
「知ってるわよ。キミは気付かれてないと思ってたかもしれないけど、みんな知ってたわよ。たぶん片山も。だから、キミは知らなくても私はいつもキミを見てたのよ。」
そう言いながら彼女は煙草に火をつけた。女の子の吸いそうなメンソールの細いやつなんかじゃなく、それはどこから見ても普通のマイルドセブンだった。
「煙草吸うんだ。」
「うん。キミは吸わないの?」
「吸わない。」
「どうして?止めてるの?」
「いや、もともと吸わないんだ。高校生の頃におもしろ半分で吸ったことはあるけど。地球環境に悪いからね。」
「ぜんぜんおもしろくないよ。」
「よく言われるよ。」
彼女は思いきり煙草を吸い込み、とてもおいしそうに天井に向かって煙を吐き出した。
「ひょっとして、煙草を吸う女は嫌い?」
「んー、そうだね。」
「そうかあ。」彼女は煙草を目の前のブリキで造られたような灰皿に押しつけて消した。
「いや、そう言う意味じゃないんだ。別に煙草を吸ってる女の子みんなが嫌いなわけじゃない。」
「いいのよ。」
なんとなく気まずい雰囲気が漂った。
「優菜。」
ぼくの後の方から彼女を呼ぶ声がして、彼女が目線をそちらの方へと向けた。ぼくは少しだけほっとして、あまり冷えていないグラスの水で口を少しだけ潤した。その声の主は足早に鮎川優菜のそばへと近寄り、一瞬ぼくの方へ訝しげな視線を送っただけで、その後はまるでぼくの存在に気付いていないかのようにこちらに背を向け話し始めた。やがて、連れらしい男二人と女の子一人もその会話の和に加わった。その誰もが一度こちらに視線を送っただけで、ぼくには全く興味を示さなかった。ぼくとしてもその方が都合が良かったし、特に他にすることもなかったのでぼんやりと窓の外を眺めていた。桜の花もほとんど散り、時々風が吹くとアスファルトの上を波のように流れていった。1980年代の大学の構内はとても平和で、華やかで、そしてひどくつまらなく見えた。べつに60年代のような荒れたキャンパスが羨ましいわけではないけれど。ふと彼らの方に視線を戻したぼくは、彼女と他の二人の女の子を無意識に見比べていた。そこには、涼しい瞳に整った鼻立ち、弾力の良さそうな唇が透き通るような白い肌の上に絶妙のバランスで並べられていた。他の二人と比べると明らかに彼女の方が際立って見えた。ふいに彼女と目が合い、ぼくはあわてて窓の外に視線を戻した。
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# by ktaro1414 | 2006-09-05 11:55 | STORY

小説 1

第1章

「キミ、いつもなに見てるの?」
それが、ぼくにかけられている言葉だとは気付かず、ぼくはひたすら目の前に広げられたノートにむかって悪戦苦闘していた。
「ねえ、もう講義終わったんだよ。」
そう言いながら彼女がぼくの隣の席に腰を下ろしたことにより、ようやくぼくは彼女が誰に向かって話しかけていたのかを理解し、一瞬彼女の方へ目を向け、それがぼくの記憶の中にある顔ではないことを確認して(ぼくの頭にインプットされた顔は限りなく少ない)、再びノートへと目を戻した。
「無視しなくてもいいでしょ。ねえ、なに書いてるの?」
「詞。」ぼくはいささか辟易しながら、ノートから目をはなすことなく答えた。この頃ぼくは、バイト先の仲間と下手くそなバンドを組んでおり、そのオリジナル曲の作詞がぼくの担当だった。
「シ?シってあの詩?」
「どのシだよ?」
「アメニモマケズ・カゼニモマケズとかいうやつ。石川啄木だっけ?」
「宮沢賢治。」
「そうそう、キミ良く知ってるわね。その詩でしょ?」
「違うよ。うた。」
「うた?うたって、あの歌?」
「どのウタだよ?」
彼女はそれには応えずに、じっとぼくのノートを覗き込んでいた。
「見るなよ。」
「いいじゃない、減るものじゃないし。」
ぼくは諦めてノートを閉じ、彼女の方へ向き直った。
「だいたいさ、キミは誰?ぼくの記憶の中にはキミのことは入っていないんだけど。」
「私はキミのこと知ってるわよ。矢口君でしょ?ヤグチ・スイタロウ君。」
「ケイタロウだよ。空を流れる彗星の彗の下に心を書いて慧、太郎と花子の太郎で慧太郎。」
「んー、惜しい。私、アユカワ・ユウナ。魚の鮎に三本川、優良可の優に菜の花の菜で鮎川優菜。よろしくね、矢口ケータロー君。」
ぼくは何故か圧倒され、呆然と彼女の口元を見ていた。
「ねえ、お昼ご飯食べに行こうよ。別に予定無いんでしょ?」彼女はそう言って、ぼくの返事を待つことなく席を立ち、すたすたと歩き出した。勝手に予定が無いと決めつけられたことにぼくは少なからずムッとしたが、彼女の言う通り誰ともランチの約束などしていなかったし(ぼくは大学内にほとんど友達を持っていなかった)、夕方からのバイトまでなにも予定は無かったので、ぼくは反論することも出来ず彼女の後を追った。
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# by ktaro1414 | 2006-08-31 15:21 | STORY