忘れた頃に、突然更新


by ktaro1414
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<   2006年 11月 ( 8 )   > この月の画像一覧

小説24

 起きてきた彼女は、白いTシャツとジーンズに着替えてはいたが、素顔のままだった。その格好がなんだかぼくとペアルックみたいで少し気恥ずかしかった。
「今日は何曜日でしたっけ?」
「金曜よ。学校は?」
「学校?」
「キミ、大学生でしょ?」
「そんな話ししましたか?」
「見ればわかるわよ。」
「昼から講義がひとつあるだけです。仕事の方は間に合うんですか?」
「うん。今日はいいの。」
「休みですか?」
「そんなところ。」
そんなところというのが、どんなところなのか見当もつかなかったが、それ以上は訊かなかった。
 彼女がキッチンの方に行ってしばらくするとコーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐった。
「ねえ、朝食何か食べる?」
「いや、いいです。」
「昨日飲み過ぎたみたいで、あまり食べたくないのよ。ごめんね。」
「オレ、いつも朝メシ食わないから。」
「ふうん。」彼女はそう言いながら、コーヒーが注がれたカップをふたつ持ってきてぼくの隣に腰を下ろした。
「ねえ、キミの名前、まだ聞いてないわよ。」
「あなたも言っていない。」ぼくはコーヒーを啜りながら応えた。
「だって、あなた訊かなかったでしょ。」
「あなたも訊いてないですよ。」
「じゃあ、教えて。どんな名前?」
「慧太郎。」
「けいたろうかぁ、格好いいじゃない。どう書くの?」
「彗星の彗の下に心で慧。太郎は普通の太郎。」何処かでもこんな説明をしたなと思いながらぼくは言った。
「ふうん、珍しいよね、そういう字って。私はね、豊田瀬梨香。豊かな田んぼに、瀬戸内海の瀬、果物の梨に、香るの香。」
「まじめに言ってるんですか?」
「当たり前でしょ。どうして自分の名前でふざけないといけないのよ。」
とても信じがたい名前だったが、彼女にふざけてる様子はなかった。
「じゃあ、お兄さんがクラウンで、妹はカローラだったりするんですかね?」
「違うわよ。私は一人っ子だもん。第一、兄弟でそんな名前だったら可笑しいでしょ?」
「当たり前ですよ。」
「それに、私はトヨタじゃなくてト・ヨ・ダ。」
「じゃあ、ホントなんだ。ふざけた親ですね。」
「お祖父ちゃんがつけてくれたの。欲しかったんだって、トヨタセリカ。」
「マジですか?ふざけたジジイですね。」
「そんなことないわ。結構気に入ってるんだから。」
「へえー。」
益々信じがたい話だったが、何となくどうでも良いかと思い、納得したような顔をした。それよりも、一度きりしか会わないかもしれない男に本名なんか教えたくないのかもしれないと思ったりもした。
「ひとつ、訊いても良いですか?」
「なに?」
「どうしてオレなんか誘ったんですか?」
彼女はぼくの方へ顔を向けることなく応えた。
「キミと寝てみたいなぁって、そう思ったの。」
「信じられないですね。」
「別に信じなくても良いわよ。」
「そろそろ帰りますよ。」
そう言ってぼくは腰を上げ、ソファにかけられてあったボタンダウンのシャツを手にして、玄関の方へと歩き出した。
「ねえ、また会えるわよね。」
「週に4日はあの店にいますから、来店くだされば会えますよ。もちろん。」
「そうじゃなくって・・・」
スニーカーを履き終えたぼくは、一度彼女の方を振り向き、軽く頭を下げた。
「昨日はごちそうさまでした。」
それだけ言って、ぼくは玄関を出た。さて、ここは世田谷のどの辺なのか。まあ、適当に歩いていけば何処かの駅に行き当たるだろう、そんなことを考えながらぼくは歩き出した。
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by ktaro1414 | 2006-11-28 12:34 | STORY

小説23

 カーテンの隙間から射し込む朝の光でぼくは目を覚ました。真っ白く染め抜かれたような部屋の中をゆっくりと見回してみた。広いベッドの端の方にあの女が顔をこちらに向けて寝ていた。昨日、ぼくはあのまま寝てしまい、彼女がぼくをここに寝かせてくれたようだ。化粧を落とした彼女の寝顔は昨夜と比べると幾分若く見えた。
 ぼくは彼女を起こさないよう、ゆっくりと静かにベッドを抜け出た。一瞬、どの様な格好で寝ていたのか不安になったが、ボタンダウンのシャツを脱がされただけで、Tシャツとジーンズはそのままだった。音を立てないように注意しながらベッドルームのドアを閉め、やたらと広いあのリビングルームへと行き、ミニバーの冷蔵ボックスからミネラルウォーターのボトルを出して、それを一気に飲み干した。ひどく喉が渇いていた。昨夜は少し飲み過ぎたなと少し反省しながらぼくは窓際へと移り、レースのカーテンを開けて外を眺めた。高層マンションの高層階からの見晴らしは非常に良く、ここからの夜景は素晴らしいだろうと、昨夜それを見なかったことをちょっとだけ後悔した。
 ぼくはソファに座って、もう一度部屋の中を見回した。昨夜の残骸は全く残っておらず、昨夜ぼくが足を踏み入れた時と同じ状態になっていた。彼女の几帳面さに感心しながら、ぼくはもう一度思った。
彼女はいったい何者なのか?
なぜ、ぼくを誘ったのか?
そしてもう一度思う。考えたってわかるわけがない、と。
ふと顔を上げるとリビングルームの入口に彼女が立っていた。
「おはよう。早いのね。」
ぼくはそう言われて初めて時計を見た。午前6時30分だった。
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by ktaro1414 | 2006-11-27 12:17 | STORY

小説22

 ひと通りの食事を終え、ワインのボトルが空いたときにはすでに時計の針は午前3時を廻っていた。
「結構飲めるのね。」彼女はそう言いながら右手を軽く挙げて店員を呼んだ。
「そうでもないですよ。」ぼくはそう答えたが相変わらず彼女は聞いていないようだった。彼女がカードで精算を済ませ(ぼくは払うと言ったのだが彼女は受け取ろうとはしなかった)、店を出ると店の前にはタクシーがぼくたちを待っていた。予め彼女が店の人に頼んでおいたらしい。
「もう少し付き合ってくれる?」
「良いですけど、そんなに飲めませんよ。」
「大丈夫よ。」
彼女はぼくをタクシーに押し込み運転手に行き先を告げた。ぼくの知らない地名だった。
 タクシーは20分ほど走って彼女の指示した場所に静かに止まった。たぶん世田谷の何処かだろうとぼくは思ったのだが、驚いたのはその止まった場所が大きなマンションのエントランスだったからだ。
「こんなマンションにお店があるんですか?」ぼくの問いに彼女はあっさりと答えた。
「私の部屋よ。」そう言いながらバッグから鍵を取り出し、自動ドアの横にある鍵穴に差し込みロックを解除した。そして、ぼくを促すようにこちらを見て中へと入っていった。ぼくはしばらく呆然と彼女のその後ろ姿を眺め、自動ドアが閉まりかけるのを見て慌てて彼女の後を追った。開いたエレベーターの前で彼女はぼくを待ち、ぼくを先に乗せて22まで並んだボタンの上から2番目を押した。相変わらずぼくは呆然としてそれらの様子を見ていた(ひょっとすると口が開いていたかもしれない)。21階に着き、エレベーターを降りると短い廊下があり、その両サイドに四つだけ扉があった。彼女はその一つの『2104』と書かれた扉の鍵を開け「どうぞ」という風に微笑んだ。ぼくはスニーカーを脱ぎ、彼女が出してくれたスリッパに履き替え彼女の後について部屋へ入った。そしてもう一度驚いた。二十畳はあろうかというリビングに、モノトーンで統一されたインテリアが計算し尽くされたように並んでおり、キッチンとは別にハイスツールが三脚並べられたミニバーまで備わっていた。
「あなた、何者なんですか?」ぼくは思わず彼女にそう訊かずにはいられなかった。
「ただのOLよ。」彼女は微笑んだままそう言って、ぼくにソファに座るよう勧め、自分はミニバーの方へ行き
「スコッチで良い?」と訊きながら、既にバランタインのボトルとロックグラスふたつが手にされていた。ぼくはバーボンの方が好きだったが、相変わらず彼女はぼくの返事を待つつもりはないようで、それらをぼくの目の前に置き、今度はキッチンの方から氷をいっぱいに入れたアイスペールを持って戻り、ようやくぼくの隣に腰をおろした。ほんのりと彼女の香水の香りがぼくの鼻をくすぐった。これが大人の女の匂いなんだと変に納得させられる香りだった。ぼくがスコッチとアイスブロックの入ったロックグラスを手渡すと、彼女は微笑みながらぼくを見つめていた。ぼくはすぐに目を逸らし、彼女のグラスにぼくのグラスを軽く合わせた。
「今度は何に乾杯したの?」相変わらずぼくから目を逸らさずに彼女が訊いた。
「あなたのこの贅沢な生活に。」
「こんなの、贅沢でも何でもないわ。もう少し洒落たモノに乾杯しましょうよ。」この様な部屋に住む人間の言葉としては、明らかに嫌みのある言葉のはずだが、この言葉を聞いたぼくは、言われてみればある意味普通の生活なのかもしれない、などと納得してしまった。
「どうせぼくには洒落たことなんか言えませんよ。」ぼくは少しむっとしてそう応えたが何の反応も無く、依然としてぼくの方を見つめながら、いや体ごとぼくの方へ向けながら彼女が言った。
「何か食べる?」
「いや、もう腹いっぱいです。」
彼女の膝がぼくの腿にくっついていた。ぼくは一気にグラスを飲み干し、新しくアイスブロックを入れバランタインを注いだ。
「やっぱり、お酒強いのね。思った通りだわ。」
「そんなことないですよ。ただ少し喉が渇いてたから。」
「私ね、お酒の弱い男って駄目なの。」
「だから、ぼくはそんなに強くないって。」
やはり、この女はぼくの言うことを聞くつもりなんか無さそうだ。
 ふと彼女が立ち上がり、モノトーンの背の低い家具の上に乗ったシンプルなステレオセットのスウィッチを入れた。静かで落ち着いたメロディが流れてきた。たぶんクラシックなのだと思うが、そっち方面に全く知識のないぼくには誰の何という楽曲なのか見当もつかなかった。ただ、この音楽がぼくに心地よい眠気を運んできたことだけははっきりとわかった。考えてみると、夕べは唐沢たちと飲んだ後、酔った優菜を部屋に泊めたので、あまり充分に睡眠を取れていなかった。たぶん空ももうすぐ明るくなってくる頃だろう。もうしばらくすれば、電車も動き出すだろうし、ぼくが見当をつけた通りにここが世田谷のあたりであれば、適当に歩けば京王線か小田急線の駅を見つけることも出来るはずだ。そうでなければ渋谷か新宿まで歩いてもいい。そう考えるのだが体がついてこなかった。ただ猛烈に睡眠を欲していた。
「どうしたの?眠くなった?」
そんなぼくの様子に気付いたのか、彼女が新しくスコッチの水割りとオン・ザ・ロックを作りながら言った。
「もう帰ります。ごちそうさまでした。」そう言って席を立とうとしたけれど、口も体も動かなかった。『カラン』とグラスの中のアイスが綺麗な音を立て、それがスウィッチとなったように、ぼくはあっさりと眠りについた。
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by ktaro1414 | 2006-11-20 12:36 | STORY

小説21

 しばらくして、茶色い小瓶と冷えたグラスが2つずつ運ばれてきた。店員がゆっくりとふたつのグラスにそれぞれの小瓶のビールを注いでくれた。店員が手にした小瓶のラベルには赤い文字で「MORETTI」と書かれ、黒いシルクハットをかぶった男がジョッキでビールを飲む姿が描かれていた。
「何に乾杯しようか?」
女がグラスを手にしながら言った。
「別に何にでも良いんじゃないですか。」
ぼくはわざとぶっきらぼうにそう言い、女の方に視線を向けた。少し微笑んだ彼女と目があった。ドキッとした。あまり化粧っけのない、それでいてなんとなく華やかなその顔の美しさに驚いた。ぼくは、ここまでまともにこの女を見ていなかったのでそのことに気付かずにいたのだ。
「じゃあ、私たちの初デートに乾杯ね。」
そう言って女が自分のグラスをぼくの方へ差し出した。ぼくはそれに応えてグラスを合わせようとしたけれどうまく体が動かず、ようやくグラスが合わさったときには自分でも驚くような大きな音が店内に響いた。彼女は少し驚いたような顔をしたが、何も言わずすぐに微笑みを浮かべた表情に戻った。ぼくは緊張を覚られまいと出来るだけ自然に振る舞おうとしたけれど、だいたい自然に振る舞おうとすること自体がとても不自然な行為であり、なんだか妙な雰囲気を創り出しただけだった。彼女も特になにも話さずに、ゆっくりとグラスを口に運び、とてもおいしそうにビールを飲んでいた。まもなくテーブルにサラダが運ばれてきた。ひどく大きな皿の中央にこぢんまりとレタスなどの野菜が盛られていた。彼女がそれを取り皿にとりわけてくれながら口を開いた。
「どうして私があなたを食事に誘ったと思う?」
「わかりませんよ、そんなこと。」
彼女が綺麗に取り分けてくれた小皿を(何が綺麗なのかよくわからなかったが、本当に綺麗だった)受け取りながら、ぼくは答えた。
「私、あの店に行くの初めてじゃないけど、すごく久しぶりだったの。だから、あなた私のこと見たことないでしょ?」
「たぶん、そうだと思います。」
ぼくは以外と客の顔は覚えている方だったので自信があった。
「だから、私もあなたを見たのは今日が初めて。」
「そうでしょうね。」
その後正解発表があるものと思ってぼくは彼女の言葉を待ったが、彼女は自分の取り皿にサラダを盛り、ゆっくりとレタスをドレッシングになじませて口に運んだ。その様子を眺めながらぼくは彼女の言葉を待った。その間にとてもベーシックなパスタとピッツァが運ばれ、ぼくは2本目のビールを、彼女はしばらくメニューを眺めた後「飲めるわよね」とつぶやいてイタリアンワインのフルボトルを注文した。彼女は、そのパスタとピッツァを食べながらワインを飲み、ぼくにいくつかの質問をしたが(どこの大学かとか、どこに住んでいるのかといった内容だった)相変わらず先程の質問の答えは出てこなかった。
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by ktaro1414 | 2006-11-15 12:23 | STORY

小説20

 店の中に入ると、店内は薄暗く、各テーブルの上では蝋燭の明かりが揺らめき、煉瓦で塗り固められた壁には小さい額縁に納められた油絵がいくつも飾られてあった。まさに週刊誌などで取り上げられてそうな女性の好むイタリアンレストランだ。カタログからそのまま飛び出してきたような完璧な笑顔を身にまとった店員がぼくたちを迎え、奥のテーブルへと案内した。女は顔馴染みらしく、その店員となにやら話しながら席に着き、その様子を立ったまま眺めているぼくに座るよう目で促した。別に緊張するような店ではないのに、何故かぼくは固くなっていた。それはこの店の雰囲気に因るものではなく、たぶんこの女のせいだ。ぼくは彼女が二、三歳年上だろうと見当をつけたが、その差以上にこの女が大人に思えた。それが親の金で生活している学生と、自ら稼いで暮らしている社会人との差というものなのだろうか。
「ワインで良い?それともビールにする?」
彼女は店員から渡されたメニューに視線を落としながらぼくに訊いた。
「できればビールが良い。」とぼくが言うと「それじゃあ、モレッティを2本ね。」と、先程から変わらぬ笑顔を浮かべた店員に顔を向けて言い、そして「それで良いわよね」と確認するかのようにぼくに視線を向けた。ぼくはモレッティというのがなんなのか知らなかったが、話の流れからビールの銘柄だろうと見当をつけて軽く頷いて見せた。女はぼくがどう答えるかなど興味がないといった風に、再びメニューに視線を戻した。
「おなか、空いてる?」
「空いてないわけじゃない。さっきも言ったけど・・・」
「コースにすると、結構ボリュームあるのよねぇ。どうする?」
「食えないわけじゃないけど、単品で良いんじゃないですか。」
「単品ねぇ。」そう言いながら彼女は笑った。何となく馬鹿にされたような気がした。
「何かおかしいですか?」
むっとしたぼくの様子に気付かなかったのか(あるいは無視したのかもしれない)、女はぼくの問いに何も応えず、メニューを見ながらいくつかの料理をオーダーしていった。
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by ktaro1414 | 2006-11-13 12:28 | STORY

小説19

 夜中の一時を過ぎ、この日はさほど客も多くはなかったので、シフト通りに上がって良いことになり、ぼくはロッカールームで大げさな黒服を脱ぎジャケットとジーンズに着替えた。
「お疲れでした。」
ぼくは、事務所にいたマネージャーと女の子にそう挨拶をした後、相変わらず汗と酒のにおいの充満したフロアを横切り、階段を上って遅番のエントランスにもう一度「お疲れでした」と言いながら外にでた。ひんやりとした空気がぼくを包み、なんだか生き返ったような気分だった。ぼくは思いっきり空気を吸い込み背伸びをして、路地に止めてあるバイクの方へと向かった。路地の角を曲がってぼくのバイクへと目をやるとそこに黒い人影があることにぼくは気付いた。少しだけ警戒しながら、それでいて何もなかったようにぼくはバイクへと近づいた。
「遅いじゃない。」
少し暗闇になれてきた目を凝らすと、黒い人影が女であることがわかった。先ほどぼくの上がり時間を訊いてきたあの女だった。
「まだ1時半にもなってない。」
ぼくは腕時計に目を遣りながらそう答えた。
「ふーん。まあいいわ。ねえ、ごはん食べに行きましょ。おなか空いてるでしょ?」
「空いてないわけじゃないですけど・・・」
「何か約束でもあるの?それとも他の女の子と約束しちゃった?」
「しませんよ、そんなこと。あなたとだって約束したわけじゃない。」
「そんなにムキにならなくても良いでしょ?ね、ごはん食べに行きましょうよ。私がおごってあげる。」
「別に良いですよ。金が惜しいわけじゃない。ただバイクだし、酒飲めないし。」
「そんなの置いていけばいいじゃない。さ、行きましょ。」
ぼくはそんな女の勢いに押され、結局二人で食事に行く羽目になった。
 女は、ディスコ帰りの客待ちをしたタクシーの列に近づき、ぼくを先に乗せて運転手に「恵比寿まで」と告げた。ぼくは恵比寿までタクシーに乗るといくらくらいになるのかがとても心配だったが、予想していたとおりタクシー代は彼女が払った(たぶん1万円に近かったと思う)。彼女は道順を的確に運転手に指示し、最初はやや横柄に見えた運転手も途中からその彼女の指示に機敏に応えるようになった。
「次の角を真っ直ぐに行って、ブルーに光ってる看板の前で止めてください。」
女の指示通りにゆっくりとタクシーが止まったのは小洒落たイタリアンレストランの前だった。
「ここよ。イタリアン、嫌いじゃないでしょ?」
「嫌いじゃない。」
ぼくは、ここまで来て今さらそんなこと訊くなよと思いながらそう答えた。
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by ktaro1414 | 2006-11-10 12:42 | STORY

小説18

 ようやく洗濯を終えたぼくは、まだ少し早かったが他にすることもなかったのでバイトに向かうことにし、ヘルメットをかぶり、バイクに跨って青梅街道を東へと走った。ぼくのバイト先は有明にあり、海に面した昔の古い倉庫を改造したディスコだ。ぼくはそこで黒い服に身を包まれ、頭にはヘッドセットをはめて、入口(そこで働いているスタッフはエントランスと呼んでいる)に立って客を迎え入れるのである。
 もちろんぼくはディスコなどで働きたくはなかったのだが、ある日このディスコで働いているゼミの先輩が「急に人が辞めて困ってるのでおまえバイトしないか?」とぼくに話を持ちかけてきた。ぼくはディスコで踊ったこともなくあまり気乗りはしなかったが、前の居酒屋のバイトがなくなり(店がつぶれてしまった)、条件もかなり良いものだったので「まあ、どうせ落とされるだろう」という軽い気持ちで面接を受け、そのまま採用となってしまったのだ。
店のスタートは午後六時だが、八時近くになるまであまり客は現れない。忙しい時間帯を迎えるまでに、ぼくは数組の客を迎え、「何名様ですか?」と客の人数を確かめ、ヘッドセットを通してその人数と性別をフロアスタッフに伝え、どこから見ても高校生と判る三人の女の子を丁重にお断りし、そして何組かの常連客と短い会話を交わした。
 午後九時をすぎた頃、OL風の女性客三人がこちらに向かって歩いてきた。ぼくはいつものように人数を確認した。
「3名様ですか?」
「そうよ。」
見覚えのある女がぼくに答えた。
「女性のお客様、三名様入られます。」
そうフロアスタッフに伝えながら三人を店内へと誘導していると、先ほどの女がぼくの耳元でささやいた。
「今日、何時上がりなの?」
こういう格好でこういう仕事をしていると、ぼくのような人間でも興味を持つ女がいるということを、ぼくはここで働くようになって初めて知った。つまり、お気に入りのスタッフの上がり時間を確認することで、仕事の後の誘いをしているのだ。ぼくですら二、三日に一度こういう事があり、多いスタッフだと毎日十人ぐらいから誘われるらしい。先輩の話によると、その中から一番自分の好みの女の子を選び、仕事が終わった後二人で遊びに行くのがルーティン・スケジュールだということだ。
「早番ですから一時くらいですかね。でも忙しい場合はわかりません。」
ぼくはそう告げて再び入口へと戻った。
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by ktaro1414 | 2006-11-07 18:47 | STORY

小説17

                          - 3 -

 左腕に軽いしびれを感じてぼくは目を覚ました。窓からはさわやかな初夏の日射しが射し込み、そしてしびれたぼくの左上にはとても小さな寝顔が乗っていた。どうやら昨夜、ぼくたちは抱き合い、キスをしながら、そのまま寝むりについてしまったようだ。ぼくは、しばらく目の前にある寝顔を眺めていたが、腕のしびれが限界に近づいてきたため、彼女を起こさないようにゆっくりと腕を抜いた。そして、静かにベッドを抜けだしコーヒーメーカーにミネラルウォーターとコーヒー豆をセットした。しばらくして部屋の中にコーヒーの香ばしい香りが漂い始めた。ぼくは濾れたてのコーヒーをカップに注ぎ、少しだけ考えた後とりあえず湯飲みにも注いで(ぼくの部屋にはコーヒーカップはひとつしかない)部屋に戻りソファに座った。彼女はこっちを向いて昨日の夜のようにぼくを見ていた。
「おはよう。起きてたんだ。」
「おはよ。あんまり見ないで。」
彼女はそう言って布団を鼻の辺りまで引き上げた。
「どうしたの?コーヒー入ってるよ。」
「わたし、ひどい顔してるでしょ?昨日そのまま寝ちゃったし・・・。昨日・・・」
そう言いかけて今度はおでこの辺りまで引き上げた。彼女の顔が少し赤くなったように見えた。その意味に気付いたぼくの顔も赤くなっていそうで、思わず彼女から顔を逸らした。
「コーヒー冷めちゃうよ。」
彼女はゆっくりと布団から顔を出し、まるで小動物が辺りの様子を窺うようにこちらを見た。ぼくがコーヒーカップを彼女の方に差し出すと、彼女はベッドの上で体を起こしそのカップを受け取った。
「おいしい。ケータローってコーヒー濾れるのうまいのね。」
「ただ、コーヒーメーカーで濾れただけだよ。まあ、豆はちょっと高いけどね。」
「ふーん、何ていう豆?」
「ブルーマウンテンっていって、ジャマイカの高い山の上で作られる豆なんだ。」
「ふーん、ケータローっていろいろ知ってるのね。」
「別にそんなことないよ。ただコーヒーは結構好きなんだ。」
「ふーん。私もこのコーヒー好き。」
彼女はそう言いながらコーヒーを啜っていた。
「もう一杯濾れようか?」
「うん。お願いします。」
ぼくはもう一度コーヒーメーカーに2杯分の豆とミネラルウォーターをセットし、トースターに2枚の凍らしたパンを入れ、フライパンに油を引いて2コの卵を割った。いつの間にか彼女がぼくの後に立ち、背伸びをしてぼくの肩越しにその様子を眺めていた。
「手際良いのね。」
「バイト、長かったからね。」
「何のバイト?」
「飲み屋の厨房。もう辞めちゃったけど。」
「ふーん。今は何のバイト?」
「今は・・・、まあ似たようなもんかな。」
「ふーん。」
彼女がそれ以上訊かなかったので、ぼくはほっとした。
 出来上がったトーストと目玉焼きをふたつの皿に盛り、コーヒーをカップと湯飲みに注いで、ふたりで手分けして部屋へと運んだ。彼女は「おいしい」を連発させながら、ただ焼いて塩とブラックペッパーをかけただけの目玉焼きをニコニコして食べ、トーストをほおばって、コーヒーを飲んだ。ぼくは逆に気恥ずかしくなり、照れ隠しのためプレーヤーのスウィッチを押した。さわやかな朝にはとても似つかわしくないスティーヴ・ペリーの叫び声が流れ出した。
「これ、なんていうバンド?」
「ジャーニーっていうアメリカのバンド。」
そんな他愛のない会話をしながら、ぼくたちは朝食を終えた。
「ケータロー、今日の講義は?」
「うん、今日は特に出なくていいんだ。」
「ふーん。じゃあ今日は何するの?」
「夕方からバイトだから、それまでは洗濯でもしてゆっくりするよ。」
「私は3限目だけ。ねえ、ケータローのバイト先に遊びに行ってもいい?」
「え?いや、だめだよ。別に遊びに来るようなところじゃないし・・・。」
「ねえ、ケータローのバイトって何してるの?」
「だから、たいしたことじゃないって。」
「ふーん。」
彼女は、かなり納得していない様子だったが、やはりそれ以上は訊かなかった。
 ぼくは、彼女を西武新宿線の新井薬師前駅まで歩いて送った。彼女は「バイバイ。また遊びに来てもいいよね?」と言いながら手を振り、ぼくは曖昧に頷きながら手を振り返した。
 それからぼくは部屋へ戻り、彼女に言ったとおり洗濯を始めた。一週間分の洗濯物は、ぼくのくたびれた洗濯機ではとても一度に片づけることは不可能で、ぼくは結局3回も洗濯機のスウィッチを押さなければならなかった。
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by ktaro1414 | 2006-11-02 12:14 | STORY