忘れた頃に、突然更新


by ktaro1414
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

<   2006年 08月 ( 1 )   > この月の画像一覧

小説 1

第1章

「キミ、いつもなに見てるの?」
それが、ぼくにかけられている言葉だとは気付かず、ぼくはひたすら目の前に広げられたノートにむかって悪戦苦闘していた。
「ねえ、もう講義終わったんだよ。」
そう言いながら彼女がぼくの隣の席に腰を下ろしたことにより、ようやくぼくは彼女が誰に向かって話しかけていたのかを理解し、一瞬彼女の方へ目を向け、それがぼくの記憶の中にある顔ではないことを確認して(ぼくの頭にインプットされた顔は限りなく少ない)、再びノートへと目を戻した。
「無視しなくてもいいでしょ。ねえ、なに書いてるの?」
「詞。」ぼくはいささか辟易しながら、ノートから目をはなすことなく答えた。この頃ぼくは、バイト先の仲間と下手くそなバンドを組んでおり、そのオリジナル曲の作詞がぼくの担当だった。
「シ?シってあの詩?」
「どのシだよ?」
「アメニモマケズ・カゼニモマケズとかいうやつ。石川啄木だっけ?」
「宮沢賢治。」
「そうそう、キミ良く知ってるわね。その詩でしょ?」
「違うよ。うた。」
「うた?うたって、あの歌?」
「どのウタだよ?」
彼女はそれには応えずに、じっとぼくのノートを覗き込んでいた。
「見るなよ。」
「いいじゃない、減るものじゃないし。」
ぼくは諦めてノートを閉じ、彼女の方へ向き直った。
「だいたいさ、キミは誰?ぼくの記憶の中にはキミのことは入っていないんだけど。」
「私はキミのこと知ってるわよ。矢口君でしょ?ヤグチ・スイタロウ君。」
「ケイタロウだよ。空を流れる彗星の彗の下に心を書いて慧、太郎と花子の太郎で慧太郎。」
「んー、惜しい。私、アユカワ・ユウナ。魚の鮎に三本川、優良可の優に菜の花の菜で鮎川優菜。よろしくね、矢口ケータロー君。」
ぼくは何故か圧倒され、呆然と彼女の口元を見ていた。
「ねえ、お昼ご飯食べに行こうよ。別に予定無いんでしょ?」彼女はそう言って、ぼくの返事を待つことなく席を立ち、すたすたと歩き出した。勝手に予定が無いと決めつけられたことにぼくは少なからずムッとしたが、彼女の言う通り誰ともランチの約束などしていなかったし(ぼくは大学内にほとんど友達を持っていなかった)、夕方からのバイトまでなにも予定は無かったので、ぼくは反論することも出来ず彼女の後を追った。
[PR]
by ktaro1414 | 2006-08-31 15:21 | STORY