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忘れた頃に、突然更新


by ktaro1414
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小説39

 智絵美が死んでからのぼくは、全くバイクには乗らなくなった。もちろん事故のためにぼくのバイクが廃車となったこともあるが、その気になれば知人に借りて乗る事も出来たし、選り好みさえしなければ安い中古を買うことも出来た。しかし、それもしなかった。別に事故のためにバイクに乗ることが怖くなったわけではなく、何となくそうすることが智絵美の供養になるような気がしていたのだと思う。そして、智絵美を守ってやれなかった、ずっと一緒にいるという約束を守れなかった、そんな自分に対するペナルティの意味もあったのかもしれない。
 高校を卒業して、逃げるように東京の大学に進んだぼくは、特に親しい友人も作らず、部活やサークルにも入らず、ひたすらバイトに明け暮れた。ただ、たまたま高校時代の先輩が同じ大学におり、キャンパスでばったり会った時にバンドに誘ってくれたため、何となくそのバンドに加わり時々練習には参加した。
 1年の夏休み、特にやることもなかったぼくは、知人の紹介で長野に行った。長野といっても別に旅行ではなく、長期間ダム建設現場でのバイトをするためだった。バイトの内容は肉体労働で(いわゆる土方である)、ひどくきついものだったが、食事は3食付いていてバイト代も悪くなかった。そして何より、色々考える必要がないのがその時のぼくにはうってつけだった。回りに何もない環境で朝から晩まで働いてくたくたになり、夕食を食べて風呂に入ったら、後は死んだように眠るだけだったからだ。そのようにして2ヶ月近く働き東京に戻ったぼくには、顔と肩から先だけが真っ黒で少しだけ厚くなった体と50万を超える現金が残った。
 後期が始まってしばらくしたある日、講義を終えて駅に向かう途中、バイク屋の前を通りかかった時にふと1台の中古バイクが目にとまった。それは、ぼくが高校時代に乗っていた、そしてあの事故によって廃車となったカワサキのFXというバイクだった。思わずぼくはそのバイクに近寄り、しばらくの間懐かしいその姿を眺めていた。中古にしては非常に程度が良く、カラーリングも若干扱った後があるもののほとんどぼくが乗っていたバイクと同じで、テールカウルを古いカワサキのタイプに変えているところまでそっくりだった。ぼくがあまりにも熱心に見ていたせいか、店の中からおやじが出てきて、このバイクがワンオーナーで大事に乗られていたものだと教えてくれた。さらに、今表示している金額から5万円引いてくれるとも言った。ぼくには夏のバイトで稼いだお金がほとんどそのまま残っており、その額はこのバイクを購入するのに充分だった。ぼくはすぐに銀行へと向かい、その場でこのバイクを買った。それ以来ぼくは毎日のようにバイクに乗るようになった。学校へ行くにも、バイトに行くにもバイクで行ったし、時には雨の日だってバイクに乗った。学校もバイトも無い時には箱根や日光などにツーリングにも出かけた。でも、タンデムシートには誰も乗せなかった。タンデムシートはずっと智絵美のものだった。
by ktaro1414 | 2007-02-05 18:18 | STORY